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結城紬の糸紡ぎ

都道府県魅力度ランキングで茨城に代わって最下位となった栃木県。私が育った栃木県小山市(コヤマじゃなくてオヤマ市)は、隣接する茨城県結城市と共に結城紬の産地です。城下町の風情ある街並が残る結城市に比べるとブランディングでは劣ってしまいますが、小山市も結城紬の産地なんです。

とは言え繭の生産量は、全国で群馬県がダントツ1位。栃木はだいたい福島と2位を争う位置にありますが、現在、小山市産の繭で、小山で糸が紡がれ、小山で織られた結城紬を手にする機会はなかなかにありません。
産地なのに。

糸つむぎを始めるまで

私の実家はかつて養蚕をしていました。
幼い頃は桑の葉に埋もれた食事中のお蚕さんが、葉の上に出て来るのをボーっと眺めていました。咀嚼音が梅雨時の雨音のようにサワサワサワ〜っと、心地よいのです。

でも、結城紬にも養蚕にも全く興味はありませんでした。

ところが海外で働いて日本へ戻り、茶道を始め、着物を着る機会が増え、和裁も始め、
「機織りやりたい!」

「東京に住んでたら無理だ」

「糸つむぎならできるんじゃ?」
となって、糸つむぎをやってみることにしたのです。

後継者研修を受けることにする

ちょうど、小山市がやっている結城紬後継者研修(真綿かけor糸つむぎか選択)が間もなく始まるタイミングでした。

まず、数時間だけの体験講習へ。
行く前にまわりから「本当に大丈夫なの?糸つむぎってどうやるか知ってるよね?大丈夫なの?!」と心配される私。

…結城の糸とりは、たえず自分の唾をべろべろーっと糸につけながら行うので、みんなは私がそれを許容できるか心配したわけです。

結果、「すごく楽しかった!癒された。続けたい!」となり、本講座へと進むことにしました。

研修の概要

概要はざっくりこんな感じでした。

期間は約半年、月2回各2時間。
受講料も材料費も自己負担なし。
つくし(真綿をひっかける道具)とおぼけ(紡いだ糸を貯めていく桶)は無償貸与。
研修場所は幾つかありますが、私には小山駅に直結したクラフト館という施設一択でした。仕事を午前半休しても、午後からは東京のオフィスで勤務できるので。

内容は市の担当者がカリキュラムを組んでくれていて、先生1人、生徒5.6人。最終的には自分が紡いだ糸の細さを確認する作業、桶に貯まった糸を巻き取っていく作業、糸屋さんによる講評(コロナ禍で実施できず)というのを経て修了。

修了後は、県の講習会へとうつって、出来が良ければ糸屋さんに糸を買っていただくシステムに乗っかっていきます。

コロナがあって、糸紬は「つば」「唾液」を使うため、講習会はしばらく休止になっていました。現在は、コロナ前と全く同じではないけれど、少人数制で、水を使って教えてもらう講座が再開しています。

糸つむぎってこんな感じ

繭を乾燥させて糸を引き出す生糸とは違い、結城紬の場合は繭から真綿をつくり、真綿を広げ、つくしにかけて糸状に引っ張り、唾をつけて紡いでいきます。

これが真綿。
だいたい繭5個を煮て広げて重ねたもの。これを作る作業を「真綿かけ」と言います。お蚕さんのサナギと対面しちゃいます。

袋状になっている真綿をグイグイっと拳で広げて、つくしに巻きつけていきます。



たぶんここで、いかに真綿を状態よく広げられるかが、糸とりのしやすさを左右します。
先生に手直ししてもらうと、スルスルっと、魔法のように綺麗に広がる。。

準備ができたら、真綿から少し繊維を引っ張って、糸を引き始める。本当に、手紡ぎです。

均一に、一定の細さで、毛羽立ちやダマの少ない滑らかな糸を目指します。

一見簡単そうに見えるかもしれませんが、真綿かけ5年、糸とり3年という言葉もあるように、時間が必要です。
実際、講習を受けているとみんな、「ブチっ(ああっ!)」と、糸が切れて悲鳴をあげます。

↓こちらは、綺麗に後処理されて記念にいただいた私が紡いだ糸。なんて愛おしい。

記念にって、市の方の計らいで?コースターに織ってくれたんです。これは使いません!とっておきます!

私のできはと言うと・・・黒い糸は絹糸のミシン糸です。今の私の技量はこれ。数年後には、腕が上がっているといいなあ。

とにかく、すっごく、すっごく、時間がかかります!

糸つむぎを始めてみて

本業として生活はできません。あまりに割りに合わなくて副業とも言えません。

それはわかっていたことなので、現実は受け止めています。

でも、私は紡ぐことが好きです。

紡いでいると雑念が削ぎ落とされ、何より没頭できます。仕事や人間関係のストレスが消えていく。茶道をしている方なら、お茶を点てている時間、畳の上に座っている時間、と言えば伝わるかもしれません。

ライスワークにはならないけれど、ライフワークが見つかりました。

とは言うものの、都会に暮らす人々からはこんな事を言われますね。。

  • 「全てが非合理的非生産的」
  • 「糸紡ぎの技術を後継するより、結城紬の関係者が儲かる仕組みをつくるほうをやったら?」
  • 「そのうちロボットが糸紡ぎだってできるようになるよ。人の唾液が必要?タンパク質でしょ?近い成分のものが作れるんじゃない?」

その度に、

  • 「そんなの結城紬じゃない」
  • 「ユネスコの世界無形文化遺産じゃない」

(日本の重要無形文化財として認定されているのは結城紬の40工程以上あるうちの、この糸つむぎと、他には絣くくり、地機織りの3工程です。)

  • 「たとえ儲からなくても技術の継承だよ、結城紬を無くさないためだよ」

と、がんばって言ってみる私ですが、敵陣においては、かなりの劣勢。

令和なのに昭和

糸紡ぎは地味です。
1人でつくしとおぼけに向かい、ぎーこぎーこと背を丸めて紡いでいます。(唾つけながら)
会社の人々には想像できない姿です。

  • 唾を使うゆえに、長時間やるほどに指がふやける。
  • もう指紋なくなる!と思うときもある。
  • 爪にささくれがあれば綿がひっかかる。
  • たまに糸で指の腹が切れて出血する。

毎日少しずつ進めて、真綿50枚分を紡ぎ終わったら、それは1ボッチ、という単位で呼ばれ、納品できるようになります。
7ボッチ以上が揃えば、着物の反物ができます。7ボッチ紡ぐには、熟練者で1ヶ月半〜2ヶ月かかるとか。

うーむ。

今、私は1真綿を紡ぐのに一体何時間を要しているのだろう。。
正直、仕事をしながら、普段の生活をしながら、の糸つむぎはあんまり進みません。
リラックスタイムを削って、テレビを見ながら紡いだり。
ぎーこぎーこ音も出るし、すぐそばで唾をべろべろしている人がいると、家族も落ち着かないんじゃないかな。。
専業ならどんどんできるのかもしれないけど、それで生活できるくらい稼げはしない。

果てしない。
これは、令和の今現在のお話。

紡ぐ想い

ですから、みなさん、お願いです。

着付け教室の催事や、もちろんリサイクル着物店でも、結城紬に出会ったら、

  • 結城紬はフワフワであったかいのよね
  • でも紬は普段着のくせに結城は高い!

の次には、

  • 異常にたくさんの工程と手間がかかる貴重なやつじゃん!?

と、遠くの人々を想っていただけると嬉しいです。

「美しいキモノ」などで結城紬の特集が組まれたら、遠くの人も記事を見てにっこりしています。

時代に逆行するチャレンジではありますが、私はアレクサでビルエバンスやジョンコルトレーンをかけながら、夜な夜な糸紡ぎをしています(アレクサは両手がふさがっていても声で操作できる文明の力です。ここだけ現代。)。

そんな糸で織られた結城紬が、どなたかの元へ渡り、私の知らないところで大事に大事に引き継がれていきますようにと、うっすら、ぼんやり、願いながら。

糸とり2年生、がんばります。

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